封筒に眠る愛と嘘

封筒に眠る愛と嘘 雨の午後に訪れた依頼人 午後三時過ぎ、事務所のガラス戸に微かなノックの音が響いた。外はしとしとと秋雨が降り続き、まるで誰かの涙を模倣しているかのようだった。戸口に立っていたのは、スーツの袖を雨に濡らした中年の男性だった。 ...

見過ごされた訂正の行方

見過ごされた訂正の行方 朝の電話と忘れられた書類 朝の事務所は慌ただしい。電話が鳴り響き、パソコンのキーボードを叩く音が混ざる。その中で、僕はふとした違和感を感じていた。 「サトウさん、あの書類、見ましたか?」と訊くと、彼女は冷たく「忘れて...

左手の指輪は嘘をつく

左手の指輪は嘘をつく 登記申請の朝に訪れた依頼人 その男は、朝の雨音とともにやってきた。事務所のドアを開ける音が妙に重たく感じられたのは、気のせいではなかっただろう。 黒いスーツに身を包み、どこか所在なげな目つき。なのに左手の薬指だけが、や...

書類棚の奥の微笑み

書類棚の奥の微笑み 書類棚の奥の微笑み それは、梅雨のじめじめとした朝だった。扇風機の風は湿気をかき回すばかりで、書類の紙もふにゃりと曲がっていた。机の上に積み重ねたファイルの山にうんざりしながら、俺は気づいた。何かが、ほんのわずかにおかし...

ラテアートの泡に沈む登記

ラテアートの泡に沈む登記 登記完了のご褒美はカフェの香り 午前中、相続登記の完了報告を終えた私は、ひと息つくべく事務所近くのカフェ「クレマ」に向かった。重いドアを開けると、漂ってくるエスプレッソの香りに思わず眉が緩む。苦さと甘さのバランスは...

地図にない線

地図にない線 朝の来訪者 その朝、まだコーヒーに口をつけていないうちに、来客があった。年配の男性で、やけに緊張した面持ちをしていた。話を聞けば、祖父の代から続く土地に、どうにも納得のいかない点があるらしい。 いつも通りに始まったはずの一日 ...

恋文は裁判所の引き出しに

恋文は裁判所の引き出しに 朝一番の依頼人は泣いていた 八時五分。まだコーヒーも口にしていない時間に、ひとりの女性が事務所を訪ねてきた。肩まで伸びた黒髪は濡れていて、雨ではなく涙のようだった。受付で無言のまま封筒を差し出し、机に手を添えるその...

複製の向こう側

複製の向こう側 朝のプリンターが鳴った日 朝一番、事務所のプリンターがうなり声を上げていた。 カタカタという印刷音は、今日もまた誰かが急ぎの登記を持ち込んでくる予兆のように思えた。 嫌な予感は、えてして的中するものだ。 申請書に潜む違和感 ...

婚姻届を出さなかった理由

婚姻届を出さなかった理由 はじまりは一通の戸籍謄本から 「これ、見ていただけますか?」 目の前に差し出されたのは、数年前の戸籍謄本だった。役所から取り寄せたばかりらしく、紙の端はまだピンと張っている。依頼者は、どこか所在なげな目つきで、黙っ...

登記完了に潜む者

登記完了に潜む者 朝の静寂と一本の電話 完了通知の違和感 司法書士事務所の一日は、いつもと変わらず始まった。外は秋晴れ、書類の山は相変わらず。 その中に紛れていた、ひときわ目立たない一通の封書。法務局からの登記完了通知だ。 だが、奇妙なこと...

所有の影に潜む者

所有の影に潜む者 奇妙な相談者 登記簿に現れない名前 朝から重い腰を上げて事務所のシャッターを開けたとたん、スーツ姿の中年男性が足早に駆け寄ってきた。目は血走り、手にはしわくちゃの古い登記識別情報通知書。第一声は、「この土地の真の所有者は、...

執行人の部屋に咲いた嘘

執行人の部屋に咲いた嘘 朝一番の来訪者 その日、雨がしとしとと降っていた。事務所のドアが開く音とともに、古びた黒い傘をたたむ音が聞こえた。背筋の伸びた女性が一枚の書類を握りしめていた。 「母が亡くなりまして、遺言書があるのですが……執行人に...

契約書に署名なき影

契約書に署名なき影 開始の朝 曇り空と郵便物の束 玄関を開けると、濡れた新聞と一緒に分厚い封筒が落ちていた。宛名はあったが、差出人がない。 気乗りしない朝に限って、こういう変な郵便が来るのだ。コーヒーを淹れる気力もなく、そのまま机に向かう。...

空白の遺贈台帳

空白の遺贈台帳 空白の遺贈台帳 朝一番の来訪者 都合の悪い朝ほど、早く誰かが来る。そういう決まりでもあるのかと思うほどだ。 「すみません、急なことで…こちら、叔母の遺言書なんですけど…」 戸を開けると、四十代半ばの女性がすがるような目をして...

数字が記憶した犯行

数字が記憶した犯行 数字が記憶した犯行 午前九時の来訪者 梅雨明け間近の湿った空気の中、事務所のドアが軋む音を立てて開いた。 「相続のことで相談がありまして……」と名乗ったのは、初老の男性だった。 どこか視線が泳いでおり、口数の少なさが気に...