議事録には書けないこと

議事録には書けないこと はじまりは理事長からの電話 午後の気だるい時間、デスクに置いたスマホが不穏な震え方をした。画面に表示された名前は「理事長 川辺」。前に一度だけ登記の相談を受けた人物だ。こんなタイミングでかけてくるということは、ろくで...

登記簿の空白に消えた男

登記簿の空白に消えた男 登記簿の空白に消えた男 ある朝届いた一本の電話 まだコーヒーの香りすら立ちのぼっていない朝、事務所の電話が鳴った。サトウさんが眉ひとつ動かさずに受話器を取り、次の瞬間、少しだけ目を細めた。 「シンドウ先生、司法書士の...

恋文は契約のなかに

恋文は契約のなかに 午前九時の来訪者 控えめすぎる女性の微笑 曇りがちな朝だった。事務所のドアが小さな音を立てて開いたのは、まだコーヒーもぬるい午前九時。 入ってきたのは、黒髪をまとめた地味な女性。年齢は三十代前半か。 「すみません、契約書...

赤いスカーフと揺れる境界線

赤いスカーフと揺れる境界線 朝の電話は境界から始まった 「シンドウ先生、ちょっと土地のことでご相談があって…」 電話口の女性の声は、どこか切羽詰まった響きを含んでいた。 この町のはずれにある住宅街。古くからの家が立ち並ぶその一角で、境界が曖...

捺印された真実

捺印された真実 捺印された真実 その封筒は、なんの変哲もない白地の長形三号だった。だが、表にあるはずの宛名は消され、代わりにひとつの朱印が、歪んで滲んでそこにあった。依頼人が言った。「これが遺言書でした」。 午前11時、雨の降る月曜。コーヒ...

共有者の一人が戻らなかった日

共有者の一人が戻らなかった日 はじまりは共有登記の相談だった 八月のある蒸し暑い午後、私の事務所に一組の兄弟がやってきた。三人兄弟のうちの長男と次男で、父親が遺した土地の共有物分割について相談したいという。 古い平屋と裏山を含む約三百坪の土...

訂正印の奥に眠る殺意

訂正印の奥に眠る殺意 朝のコーヒーと8ミリの違和感 いつも通りの依頼書だったはずが 雨上がりの月曜。俺はいつも通り、ぬるいコンビニのコーヒー片手にデスクに座った。机の上には、不動産売買の契約書と委任状。それ自体は珍しくもなんともないが、たっ...

戸籍の裏で眠る影

戸籍の裏で眠る影 朝一番の電話 事務所の電話が鳴ったのは、朝のコーヒーに口をつけた瞬間だった。受話器越しの声は、やけに落ち着いた女性のものだった。「相続の相談をお願いしたいんですが……」それ自体は珍しくもなんともない。問題は、相談内容だった...

意思確認は二度ささやかれる

意思確認は二度ささやかれる はじまりは一通の遺言書 朝一番に届いたのは、一通の遺言書の検認に関する相談だった。提出したのは薄い水色のスーツを着た男性。柔らかく微笑んでいたが、その目はどこか濁っていた。 「母が亡くなりまして」と淡々と語る彼は...

印影の行方

印影の行方 朝一番の依頼人 来訪者は喪服の女性 朝のコーヒーを淹れようとした瞬間、玄関のチャイムが鳴った。 開けると、喪服に身を包んだ若い女性が立っていた。 目元には薄く涙の跡があり、書類の入った封筒を胸に抱えている。 代表印の捺印がある遺...

四月三十一日の謎

四月三十一日の謎 不自然な日付 登記申請書に刻まれた違和感 机の上に積まれた書類の山。その一番上に置かれていたのは、どこにでもあるような相続登記の申請書だった。だが、ふと目に入った日付に、俺は眉をひそめた。そこには「令和六年四月三十一日」と...

消えた相続人と最後の登記簿

消えた相続人と最後の登記簿 消えた相続人と最後の登記簿 ある朝届いた一本の電話 役所から電話がかかってきたのは、雨の音が事務所の窓を叩いていた火曜日の朝だった。 「亡くなった方の相続登記の件でご相談が」と、よくある問い合わせかと思いきや、話...

押印できない愛の理由

押印できない愛の理由 朝の静けさと一通の封筒 不自然な差出人名 朝の事務所は静かだった。封筒が一通、机の上にぽつんと置かれている。差出人は「山崎ミチル」――どこかで聞いたような名前だが、記憶にはひっかからない。 サトウさんが無言で封を切る。...

姓が交わらぬ家族の証明

姓が交わらぬ家族の証明 奇妙な依頼はいつも突然に その朝、事務所に届いたのは一通の封筒と、やたらと几帳面に書かれたメモだった。差出人は市内のとある女性。内容は「戸籍の内容に違和感があるので相談したい」とだけ。いつものように忙しい一日の始まり...

朱肉の痕に嘘はない

朱肉の痕に嘘はない 朝の訪問者と古びた印鑑 朝一番、玄関のチャイムが鳴った。まだコーヒーに口をつけていない時間にやってくる依頼人は、たいてい面倒な相談を抱えている。予感は的中し、玄関先には中年男性が立っていた。手には、経年劣化で蓋がゆがんだ...